イギリスで50年前に始まった頭部を冷却し、抗がん剤の副作用の一つである脱毛を防ぐという治療法。残念ながら成功率があまり高くないことから、なかなか普及しませんでした。

自身の母親が乳がん闘病中に脱毛に苦しむのを目の当たりにしたイギリスの少年が、成長し大人になり自らこの頭部冷却機器を改良し、「2020年までに80%の成功率」という目標を掲げています。

この記事では詳しい臨床試験の結果と今後の改善点を見ていきましょう。

アメリカでの臨床試験の結果

Paxman社の頭皮冷却システムの臨床試験はアメリカ国立がん研究所(NCI)指定の私立ベイラー医科大学がん研究センター(テキサス州ヒューストン)に所属する教授陣が指揮をとり、全米7カ所で実施(ベイラー医科大学:USニューズ&ワールド・レポート誌による医学部・医科大学ランキングで全米10位に入る)。

2013年~2016年にかけて乳がんのステージⅠとステージⅡの患者で、少なくとも4回抗がん剤の投与を受ける予定の142人が当初候補になりました。その中で実際に4回投与を終了した患者の、頭皮冷却システムを用いた95人、用いなかった47人の結果が2017年2月に公表されました。

この臨床試験は乳がんの治療に使われる抗がん剤の中でも、脱毛の副作用で知られるタキサン系、アントラサイクリン系が対象です。

イギリスでは50年ほど前から頭皮冷却システムが用いられていますが、その効果はまちまちだったため、アメリカでFDA(アメリカ食品医薬品局)承認に必要な無作為抽出の臨床試験は最近まで行われたことがなく、報告が待ち望まれていました。

結果は、頭皮冷却システムを用いた95人中48人(50.5%)がグレード0(脱毛ゼロ)かグレード1(脱毛はあったが、スカーフなどを必要としない)、頭皮冷却システムを用いなかった47人は全員脱毛を防げなかったというものです。

詳しく見てみると、タキサン系に対しては成功率が59%、アントラサイクリン系に対しては16%となっています。

途中で対象者が増え最終的には184人になりその人数を含めると、成功率は53%です(タキサン系:63% アントラサイクリン系:24%)

報告された副作用は頭痛、頭皮の一時的な不快感で、いずれも深刻なものではありませんでした。

Paxman社臨床試験結果
Source:https://www.paxmanusa.com/

そして、この報告と同時期に発表されたスウェーデンのDignitana社の頭皮冷却システムの臨床試験(カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校医学部が実施)でも同様の結果が確認されました(カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校:USニューズ&ワールド・レポート誌による医学部・医科大学ランキングで全米5位に入る)。

今後の課題  半数の人には効果がないという事実にどう取り組むか

二つの臨床試験により、頭皮冷却システムは明らかに抗がん剤使用時の脱毛をある程度防ぐことが分かりましたが、まだ予防率は53%です。この数値を改善できる可能性はあるのでしょうか?

実は、Paxman社の製品の臨床試験結果は実施場所によりかなり予防率が違っており(0%~68.6% 注:0%は実施場所の対象者が一人であったために起こった数値)あくまで 平均値が53%という結果です。

統括しているベイラー大学によると、この数値のばらつきの理由はキャップが一サイズしかないためにいろいろな頭の形に対応できておらず、頭皮冷却システムの効果が最大限に出ていない可能性と、テキサン系とアントラサイクリン系の抗がん剤による脱毛の率がもともと違っているからではないかと推測。

キャップの装着という点に関しては、Paxman社はこれから世界各国で臨床試験を行うのに向けて、既に数種類のキャップの開発に取りかかっており、抗がん剤により予防率が違うという点に関しては、冷却温度によって改善されるのか、治療時間によって改善されるのか、もしくはある種の抗がん剤の場合効果が低いことは避けられないのか、さらなる臨床試験の必要性を認めています。

日本での導入は?

ヨーロッパではチャリティー団体などが資金を募り頭皮冷却システムを病院に寄付するということが比較的普通に行われ、一般の患者も希望すれば治療を受けることができています。日本での現状はどうでしょうか?

頭皮冷却システムは日本では効果がないもの、と長年言われてきましたが、近年ヨーロッパで最新型の開発が進み良好な結果が出てきていることから、日本でも独自に開発をするリーブ21のような企業も出てきました。

Paxman社の製品はアメリカでFDAの承認を得られたので、日本でも認可に向け臨床試験が開始されることから、近い将来に一般的な治療法になる可能性が出てきました。

海外で販売されている医療機器を国内で使える方法はあるのか?

頭皮冷却システムの開発が日本国内でも進み、海外製品の臨床試験も開始されるとはいえ、現実に医療機関に導入されるようになるには何年も待たなくてはなりません。

しかし海外でその効果が既に確認されており、副作用もほぼない、という医療機器を何年も待たずに使いたい、という医師が出てくるのも当然の流れです。実際には可能なのでしょうか?

調べてみたところ、医師の個人輸入という形であれば、一定の条件を満たせば未承認医療機器を購入し、病院で限定的に使用できることが分かりました。

医師が未承認医療機器を個人輸入するための条件は、

  • 治療上緊急性があること
  • 国内に代替品が流通していないこと
  • 医師は自己責任のもと、自己患者の診断または治療に供することを目的とすること

で、以下の目的に限定して使用することが求められています。(地方厚生局薬事監視専門官の許可が必要)

  • 臨床試験に使用することを目的とする
  • 試験研究等に使用することを目的とする
  • 展示用に使用することを目的とする(販売、広告、宣伝を目的としない)

注:未承認医療機器の個人輸入も不可能ではありませんが、個人輸入の場合医師の場合と同じく、地方厚生局薬事監視専門官の許可が必要で、さらに医師の処方箋か指示書等も必要になってくるのであまり現実的ではありません。

そしてこれらの条件をクリアーして、医師が頭皮冷却システムを個人輸入し病院で使用している例がいくつか国内にあるようです。

その一つが国立がん研究センター中央病院で、乳腺外科科長が病院の倫理審査委員会を通したうえで、自費でPaxman社の頭皮冷却システムを臨床試験目的で購入しています。(2013年時点)

まとめ

頭皮冷却システムがヨーロッパで開発されてから約50年、これからさらに改良した機器の開発と、日本国内で日本人を対象にした臨床試験の結果が待たれるところです。