以前コロンビア大学のAngela Christiano博士が指揮するJAK阻害剤ルキソリチニブに関する臨床試験の結果を報告し、その効果と今後の計画に希望が持てそうだ、という内容の記事を書きました。とても期待が持てる内容でしたが、脱毛症に悩む人にとっての一番の関心は、JAK阻害剤から作られる臨床薬が一体いつ現実のものになるのか、だと思います。

新薬承認には膨大な資金の調達が不可欠

新薬の開発や承認にはかなりの資金が必要であることを聞いたことがあると思います。具体的にはどのぐらいなのでしょうか?『海外ヘアニュース』ということで、海外の数字を見てみましょう。

Journal of Health Economics という医療経済誌(2016年3月10日付)によると、アメリカでの新薬の開発と承認には26億ドル(2,988億円)ものコストがかかるとされています。これはタフツ大学の調査によるもので、1995年~2007年に10の製薬会社から無作為に選んだ106の新薬の平均値です。

この数値を見ると、新薬の承認には時間のみならず膨大なお金が掛かることが分かります。大学での臨床試験からの新薬など、資金の関係でとうてい現実のものにはならないと思われるでしょう。

ところが、2016年3月28日にナスダック上場企業であるAclaris Therapeutics社が、Vixen Pharmaceuticals 社というコロンビア大学とライセンス契約を結んでいる会社の全株を取得することを公表しました。

この買収に期待が持てる理由は、Aclaris Therapeutics 社がコロンビア大学の脱毛症に関する全ての知的所有権のみならず、同大学でのこれからの臨床試験に関する全てのコストを前払いし、今後商品化された場合にかかるコストをも支払う、という契約内容だからです。

脱毛症研究の世界的権威であるコロンビア大学のAngela Christiano博士の今後の臨床試験の計画に資金面が整いつつります。と同時に、このように開発費用を製薬会社が払う準備があるということは、JAK阻害剤の脱毛症への応用に期待していることの表れでもあるでしょう。

Aclaris Therapeutics社は今回の買収は円形脱毛症だけにとどまらず、AGA(男性型脱毛症)、やその他の脱毛症全てにおいての臨床試験に関するものだ、とも明言しています。

Aclaris Therapeutics 社とは?

Aclaris Therapeutics 社は2012年に設立された、アメリカのペンシルベニア州マルヴァーンに本社を置く、皮膚科領域に特化した新薬開発に力を入れている企業です。

同社は医療面だけでなく美容的な側面も含めた、髪の毛と肌のいろいろな症状に関しての薬の開発に取り組んでおり、取締役や社外諮問委員の多くが皮膚科医、医師、医薬品開発の専門家である、という特徴があります。

さらに設立者の一人でありCEO(社長兼最高経営責任者)のNeal Walker博士はフィラデルフィア大学出身の皮膚科医であるだけでなく、ペンシルベニア大学ウォートン校でMBA(経営学修士)を取得した人です。

NealWalker-Aclaris社
Source:https://www.aclaristx.com/

Neal Walker博士はJohnson & Johnson で皮膚科業界に入り、その後数々のバイオ医療品会社の設立や経営に関与し、経営者としてさまざまな栄誉を与えられると同時に、世界最大といわれる米国皮膚科学会(American Academy of Dermatology)の特別会員でもあります。

Aclaris Therapeutics 社の展望

Aclaris Therapeutics 社は2015年10月6日にアメリカナスダック市場に上場しました(2012年に設立)。Aclaris Therapeutics 社のような無名の新興企業は、現時点で実用化に近い薬の臨床試験が成功し、承認薬として有望であるものを開発中かどうかに今後がかかっています。

コロンビア大学の知的所有権を全て買い取ったとはいえ、円形脱毛症、AGAにも効くであろうと思われるJAK阻害剤のルキソリチニブの臨床試験は現在、第二段階の途中で、FDA(アメリカ食品医薬品局)の承認に必要な第三段階に到達するにはさらなる資金が必要となってくるからです。

Aclaris Therapeutics 社の最新のFDA承認薬が脱毛研究を促進

Aclaris Therapeutics社は医療美容面両方の皮膚科症状に特化しており、最新の薬は2017年12月にFDAに承認され2018年5月に販売が開始された薬脂漏性角化(しろうせいかっか)症の薬ESKATAです。

ESKATAはアメリカでは初めての脂漏性角化症の局所治療薬(塗り薬)というのもあり、その成否に製薬業界が注目しています。

脂漏性角化症は日本ではいわゆる老人性いぼと呼ばれており、加齢により発症する症状です(若い年齢で発症する人もいます)。アメリカでは15歳~25歳の12%に、50歳以上では100%の人に少なくとも体に一つは発症する皮膚症状で、その数は8,300万人ともいわれています。

脂漏性角化症
Source:https://www.aclaristx.com/

特に首や顔に多くできることで知られ、美容面で気になり精神的な影響があるのですが、今までの治療法は液体窒素かレーザー治療しかありませんでした。

これらの治療法は痛みもさることながら、治療後の色素沈着という問題点を持っていました。今回販売された新薬は、治療後に色素沈着が出たのは1%未満、という大変いい結果が出ています。

アメリカで脂漏性角化症のある人の数が8,300万人なので、この新薬が広く使われるようになると、Aclaris Therapeutics 社に相当の利益をもたらすと予想でき、その資金を今後脱毛症の研究につぎ込むことも可能です。

美容目的の薬の承認は早い?

美容症状とカテゴライズされる脂漏性角化症に触れたのは、多くの人が悩むAGAと同様、病気としては判断されない症状に関してもAclaris Therapeutics 社が力を入れていることを書いておきたかったからです。というのも、アメリカの製薬業界では医療薬よりも美容目的の薬の方が早く承認されやすい、という背景があるからです。

より迅速に承認されやすい薬の研究が最終段階に入っているものを持つ会社は、近い将来に大きな資金を手にする可能性があります。

美容目的の新薬が承認されやすい理由は、ルキソリチニブのように既にFDAが他の医療症状に承認している薬や、脂漏性角化症の承認薬のESKATAの主成分、過酸化水素(hydrogen peroxide)のように他の目的(消毒剤、漂白剤)に使われて安全性が確かめられている成分から作られることが多いからです。

ルキソニチブはコロンビア大学の2014年の初期のマウスの臨床実験の段階で、経口投与よりも塗り薬の形で使うと効果が出る率が高いことも証明されており、美容目的のAGAへの適用は塗り薬の形で進むのではないかと予想されています。

まとめ

Aclaris Therapeutics社の円形脱毛症やAGAに対する臨床試験は、新薬の販売が成功すればさらに進むと思われ、脱毛症に悩む人たちにとって、希望が持てる状況になりつつあります。